2012年5月25日金曜日

42歳からの子育て・・・生後9カ月と27日(一時保育デビュー)

<迎えに行ったら、振り返りざま大泣き>

5月25日、今日は小野路保育園に初登園。
一時保育、まずは4時間コース。
私は前日からみきおの耳元で囁き続けた。
「明日から保育園だよ。お友達と遊べるね。楽しみ楽しみ!」

楽しみなのは、みきおではなく、わたし。少なくとも現時点では。
みきおはいつもの笑顔はなく、神妙な顔つきでバスに乗っていた。
赤ん坊の感性の鋭さは、いま読んでいる「哲学する赤ちゃん」(アリソン・ゴプニック著 亜紀書房)に詳しい。

「赤ちゃんは多才である」とある。

・現実と非現実をわきまえ空想している。
・ものごとの因果関係がよくわかっている。
・実験し、統計的分析をしている。
・ランタン型の広い意識をもっている。
・記憶力がいい。
・ひとの性格を読み取っている。
・ひとのことを純粋に思いやる etc・・・

今日は保育園に行くらしいってことは、よーく、わかっている。
だって、せっせと母親が「みやもと みきお」「みやもと みきお」・・・
おむつ袋、肌着、ガーゼハンカチ、エプロン、バスタオル、あちこちに太いペンで
書きまくっていたり、アイロンしたりしてる。
こんな微妙な変化を赤ちゃんは見逃さない。

9時過ぎに保育園に付き、タイムカードを押して、初めてだからと
いろんな説明を受けた。
昨日の生活の様子を伝え、おむつ袋をぶらさげる場所に案内されたり、、、。
そして、体温を測り、問題ないから、「んじゃ、お預かりしまーす」と
ゼロ歳児の先生が、ひょいとみきおを抱っこして、いきなりお部屋に連れていった。

「ああー、よ、ろしく、おねがいしまーす・・・」

「ばいばいー」とか、しない方がいいのでしょうね。
そんなことしてもしなくても、すでに大泣きしているのが聞こえ、
私が保育園の玄関から出ても、その大泣きは続いていた。

まあ、最初はどこの赤ちゃんもこうだろう。

イチロウからメール。
「みきおが何時間泣き続けたかを聞いといてね」
こういうメールを書いてくる父親です。
あたしより、さらに楽しんでる。
一人になり、空のエルゴの抱っこひもをしたまま、マルエツに買い物にいき、
焼き芋をかじりながら、バスにのって、軽々と急な坂道を登り、帰路についた。
なんとも言えない、不思議な解放感。静かな家に一人でいることは本当に久しぶりだ。

夢のような4時間はあっという間に過ぎ、13時に迎えに行った時、保育園の外で
先生におんぶしてもらってる赤ん坊が見えた。あれは、みきおではないか?

母親を見る目が違いました。
「おろろーん!」と大泣きして、泣きじゃくって、
(ひどいじゃないか、ひどいじゃないか)と、ひくひっくしながら
先生におんぶされてました。
この4時間、どんなにか脳みそのシナプス、パチパチしたことでしょうか。

先生に、「あのー、何時間ぐらい泣きましたでしょうか?」と聞いたんだが、

「いえー、そんなに。最初はお外でにこにことよく遊んでました。
わあ、大丈夫なんだーとびっくりしましたが、でもそのうち、状況がわかっちゃったみたいで、
さびしくなったのかしくしく泣き始めて。でも、ご飯は全部食べましたよー。
さっきお昼寝しましたが、また途中で泣いちゃいましたので、おんぶしてましたー」

2時間ぐらいは泣き続けてほしかった、、、とは言わないけど、
予想よりは、大丈夫、がんばっていたようだった。
実際、楽しんでいたようだし、私も楽しかったし、お互い、良かったよかった。

久しぶりに会うと(たった4時間ぶりでも)、なんだか少し新鮮に感じる。
新しい体験をして、きっとさらに「哲学する赤ちゃん」になったのだろう。
顔つきが違うようにも見える。

「楽しかった?たくさんお友達いたの?みきお?」

言葉には出ないけど、(いろんなことがあったんだよ)と
言っているようだ。そうだろう、そうだろう。

来週もこの調子で、少しずつ、”社会”を体験していく。
1週間もすれば、慣れますよ、保育園の先生は言ってくれた。
1歳前の方が早く慣れると言ってくれた。

そんなわけで、今日のことは書き留めておかねば、と熟睡したみきおを横目に
ブログを書くことができました。

いやあ、保育園って、いいです!
幼稚園はもっといいのかなー。
なんだか、一気に気持ちが軽くなった、生後10カ月目前の一日でありました。

4 件のコメント:

  1. 社会性が育まれてよいですよ。色んな個性の中で自分との相性を見ながらどんな奴とでも付き合える距離が解るというか。うまく適応して嫌な奴とはうまく距離を取ってよい友達はすぐにたくさん作る事ができる。これは、能力というよりも訓練だと思いますよ。早いうちに集団で生活させるのが一番良いと思います。教育の程度も言葉も人種も違う環境で見ているとデイケアーに早くから入れておいて良かったと思います。自分と違う文化に対する理解が無い教育の程度が低い子供達ってたくさん居るし、お魚や枝豆までヤックって言ったりなんて普通におこることなんだけど、彼らは軽くながしてそんな奴らとも友達なんだな。儂よりずっと社会的でたくましい。それから、働くお母さんは彼らにとてもプラウドだよ。早く仕事に戻ったら?ボストンより

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  2. ありがとうー。ボストンから的確なアドバイス。経験談だもん、説得力あるなあ。いろんな文化にまみれるっていう点では、アメリカは日本以上に幼児期からの無意識のうちでの社会性の獲得が意味がおっきいだろうなと思いました。日本はむしろ、同じような家庭環境、教育、文化の子どもたちだけで囲い込むっていう方向性に向かってる人が多い気がする。東京のお受験の世界はまさにそう。2歳、3歳からお受験の塾に通うなんて、、地方の都市では考えらない。”たくましく育ってほしい”とどんな親でも望んでいるはずだけどね。うんー。仕事復帰については、いろいろ考えてまーす。

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  3. 偶然、こちらのブログを見つけ、楽しく拝見させていただきました。
    (まったく別の件で検索中、同姓同名、漢字違いの札幌出身、高齢出産の友人がおり…おや?と、ついクリック。自分も札幌にも家があり、小唄や自然育児に興味があるもので)

    以前、18~25歳までの30人くらいの集団と、37歳だった私が、共に数年間交流したことがあります。

    その時、年齢の離れた私と、垣根無く自然のオーラで接してこようとする人たちと、
    緊張するのでできれば避けたいオーラで接してくる人たちがあることに気づきました。

    そして、自然オーラグループの共通項をあるとき発見!したのです。
    それは、小さい時から保育園に預けられている、ということでした。

    実は3歳児神話や、シュタイナーの説等から、ちょっと罪悪感もちつつ保育園に預けてた当時の私。
    今、うちの子は初対面の人とも臆すること無く、コミュニケーションがとれる人になりました。

    『子どもへのまなざし』の中に、2歳すぎたら、母と、よりも、同年代の子らとの交流が大切、といった記述があったように思いますが、保育園・幼稚園は大切だと思います。

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  4. rara sa さん。ありがとうございます。その、札幌出身のお友達って、偶然ですね!しかも、raraさんも札幌、小唄、自然育児と共通項が多いなんて。特に”小唄”は珍しいです。嬉しいです。

    保育園については、一時保育間もないので、まだまだ語れる状態にないのですが、raraさんの書いてくださったように、社会をなるべく早く体験すること、はすごく乳幼児にとって大きなことだなあ、と思います。うちの赤ん坊、今はまだ泣いてばかりなのですが、それだけ異空間に放りこまれたってことなんだろうなあ、と感じます。

    ”自然のオーラ”って書いてくれてるのは、意識せず、自然に他人と交流するってことを小さいころから体験してる、ってことですよね。

    raraさんのお子さんのように、うちの赤ん坊も、あと少したてば、その領域に達することができるのかなあと、楽しみに保育に通ってみようと思います。その変化をここの報告できるのも楽しみに・・・。

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