2012年12月26日水曜日

42歳からの子育て・・・1歳と4か月と27日(二足歩行がもたらしたもの)


ブログを書くのをさぼっていた、この2カ月。
”脳力”の躍進が続いた。

「ようやく、よちよち歩きができるようになりました」と、そろそろ書こうと思っていたら
もうすっかり直立二足歩行を体得したようだ。

ヒトは、直立二足歩行ができたことにより、喉の構造が変化し、
飲食物と呼吸の経路切り替えのために、喉の筋肉を高度に制御する必要が生じ、
脳神経や筋肉が高度に発達し、その発達した脳と喉構造の変化によって
複雑多様な発音ができるようになり、言葉の世界がどんどん広がって、 
抽象的な概念を持てるようになって、さらに脳の発達を促し、さらに進化した脳で
さらに高度な思考ができ、、、、
こうして、ヒトの大きな脳は、類人猿の3倍になったそうだ。

だから、1歳3カ月すぎ、二足歩行をはじめた、みきおの脳みそは、
日々刻々とものすごい勢いで躍進しておるようだ。

ある日、「マンマ」という言葉から始まった。
ご飯&母親の2つの意味があるので、1日のほとんどは、「マンマ」と言っている。
それ以外にも、むにやむにゃ・・・と認識不能な、かわいいおしゃべりをたくさんする。

最近は、「バイバイ」が言える。
そして、お父さんのことを「だあーたん」と呼べるようになって
父親がその可愛さと嬉しさのあまり、朝からむんずと抱きしめ、頬ずりをし、
そして、とても哀しいせつない後ろ姿にて出勤していく・・・。

クリスマスイブを含めたこの年末の3連休、久々にゆっくりした。
カラっさむい北風の中、畑にいくと、枯れ葉、おち葉たっぷりの
やわらかい土の上を、ひょこひょことたくさん歩いた。

嬉しくてしょうがなーい!
 
みきおは歩くのが嬉しくてしょうがない。
父は、その姿を見るのが、嬉しくてしょうがない。

ほんとうに、嬉しくて、嬉しくて、しょうがないの図であります。


この先、二足歩行、さらに上手になり、ついに走るようになり、
難しい言葉をどんどん覚え、脳みそがどんどん発達すると、
今みたいな、こんなシンプルな、父と子の蜜月などは、
なくなるのだろうからなあと、
無心で、「だあーたん」と父を呼ぶ、幼子の姿が愛おしい。


それもありつつ、”マンマ欲”旺盛につき、みるみる太くなり、
ついに11キロを超えた。あのひょろひょろ君はどこへ。
急に骨ぶとになり、ずっしりと重い。

にも変わらず、おっぱい、おっぱいだし、抱っこ、抱っこが続くようで、
温シップを腰に貼りながら、この寒い冬、乗り越えねばなという
そんな師走。もうあと数日・・・。

それにしても、お湯が出ないこんな冬の日はつらい。
銭湯通いも二週間を超えた。
「たまの銭湯はいいよねー」だったけど、ぼちぼち日常化しつつある。
わたしたち中年夫婦は、こんなつめたすぎる水では、顔も歯も磨けない。
毎朝、お湯を沸かすのが日課です。

さすがの「子どもは風の子」の子どものてのひらにも、しもやけ。

電気屋さん!明日こそ、、、たのんます!



2012年10月28日日曜日

42歳からの子育て・・・1歳2カ月と29日(ウンチを教えないその心)

<父をヘッドロックするも、お互い熟睡の図>


明日で1歳3カ月。相変わらずおっぱい依存は変わらない。
・・・が、この1カ月間、おっぱい依存と並行しての、食事に対する貪欲さ、すごかった。
「食欲の秋」は、幼児にも当てはまるようだ。
おかげで、体重も急増し、10キロを超えた。
もう、以前のようなやせ気味のひょろひょろ君じゃない。

特に、保育園に通った日の夜は運動量、外界からの刺激量が多いせいか、
こちらの食事の支度が待ち切れない。

10月23日火曜の夜。保育園から帰宅したのが17時。
保育園の日の恒例、夕方の長時間(約30分)のおっぱいタイムの後、
すこしだけおもちゃや絵本で一人遊びしていたものの、17時45分ごろには
キッチンにいる私の後ろに抱きつき大きな声でわめき、早く食べさせろとせがんできた。

「はいはい、じゃあ、バナナから食べてようね」
食事の準備がままならないときは、まずは、バナナでお茶を濁す。
以前は、このバナナで5分ぐらいは時間を稼げたのだが、最近は、あっという間に
1本を丸飲みしてしまう。冷凍しといたご飯をチンする間もなく、振り向くと、
「あ!あ!あー!!」と、お皿を指さし、お代りを要求。

「早すぎる!もっとゆっくり食べようよ、ね、みきお、早食いは良くないのだよ、よ。」
やむなく、時間稼ぎの第二弾。
「じゃあ、パンすこし食べようか」翌朝のために購入した食パンを半分ちぎって渡す。

パンは大好きである。
ご飯も大好き、バナナも大好き。
やはり、幼児は、炭水化物、すぐにエネルギーになる食物が一番のようだ。

この日の夜は、ものすごい食欲で、
バナナ1本、食パンを1枚をあっという間に食べてしまい、
その後、焼き魚のつぼだいを、がつがつ手づかみ。非常に気に入ったようで、
大人1人前を私と分けようと考えていたが、気づいたら、ほとんど残っていなかった。
そして、ご飯にひじきをかけて1膳ぺろり。
大好物のおからの煮物とかぼちゃも両手づかみ。
ちょっと、食べ過ぎた感があり、さすがに19時にはすでに眠そうであった。

しかし、19時過ぎに父親が仕事から帰ると、嬉しくてはしゃぎだし、
父が食べてるそばに張り付き、「あ!あー!あ、あ、あ、」と大きな声で、おしゃべり。

これは、「ぼくも食べたい」という合図で、明らかに自分が食べていない
サラダ、だとか、酢のものだとか、そういうものに目をつける。

幼児のくせに、もずく酢、なども食べたがる。

親の好きなものは子も好きになるのですね。
そんなわけで、また父親の食事からつまみ食いをして、お腹パンパンにして
20時半過ぎにお風呂に入り、イヤイヤの歯磨きタイムの後、
21時前、おっぱい(添い乳)しながら、ようやく寝た。

最近は、よく食べるせいか、深夜のおっぱいは一回あるかないか。
この夜は、大食のためか、熟睡。朝までよく寝た。

こんだけ夜ご飯を食べた翌朝。
いつもならば、朝ごはん前に、うんちがあるのだが、うんちが出なかった。
あまりに食べ過ぎて消化不良を起こしてたのかもしれない。
さすがに、朝はそう沢山は食べなかった。

この日も保育園の日で、16時半にお迎え。
お迎えの時に渡される、保育園からのお便りの紙には
おやつ、食事、うんち、睡眠、園での様子などが書かれている。

「今日もみきおくん。機嫌よく過ごしてますよー。
園庭のお砂場でお山つくったよねー、みきおくん」

「そう、よかったねー。みきお。あ、先生。そういえば、今日はうんちでましたか」

「あー、出ましたよ。すごくたくさん出ました!びっくりするぐらい出ましたよー」


お便りをよく見ると、
排泄(うんち)の欄には、こう書いてあった。


”9:05分 普通(大量)”

あまりに多かったので、大量。と書きましたー、と
かわいい保育士さんは笑ってくれた。
どんくらいか。大量って、本当に大量だったのだろう。
昨夜の夜の食事分ぜんぶがうんちになった状況を想像する。

生後1歳2カ月の思い出は、振り返ると、本当によく食べたなあってこと。
うんちもよく出たし、夜もよく寝てくれた。
この1カ月は発熱もなく、毎日元気で、機嫌よく過ごした。
一人で立てる時間も少しずつ長くなり、そろそろ歩けるようになる準備も整いつつある。
名前を呼ぶと、「はーい」と手もあげる。
大人のしゃべってること、ほとんどは理解しているようだ。

おっぱい依存は高いし、抱っこ抱っこもまだまだあるけど、
私の身体の負担もだいぶ軽くなり、
つい、「2人目ができればいいな」・・・などという、大それたことを考えてしまったりする。
そんな余裕も出てきた。

しかし。1つだけ、できてないことがある。
うんち後・・・。

うんちをしても、教えてくれない。
どんなに大量にしても、オムツをぶらーんと重そうにぶらさげたまま、遊び続けている。

「うんちしたら、お母さんに教えてね」と、たびたび言うのだけど。

最近は、うんちが大人なみに臭い。
どんなに離れていても、「あ、うんちした!」とわかる。

ちっとも教えてくれないので、仕方ない、
「あ、みきお、うんちしたんじゃない?」と近づき、
オムツをひっぱり、中を見て、うんちを確認し
「うわ。こんなにたくさん出た。みきお、うんち出たじゃないー」と言うと
にやっーと笑う。

おい、こら。笑うでない!
教えないとだめでしょ!

私はオムツが1歳半ば早々に取れた、手がかからない子だったと
母が教えてくれた。女の子はだいたいそう。男の子は遅いし、お漏らしも多いらしい。

どうなるか。
オムツ卒業の前に、まず、ウンチを合図する訓練だよなあ。


臭いうんちを嗅がせるのが楽しいのか。
残念ながら、子どもは大人の言うことがすっかり理解できているが、
大人の私が子どものことがまだまだ理解できない。
にやっと笑う、その心はなんなのか。ん?

2012年9月28日金曜日

42歳からの子育て・・・1歳1カ月と30日(おっぱい依存とあんよ未満の相関関係)


1歳2カ月も目前。
最近、ようやく、すこしずつ ”一人立ち”の準備が始まっている。
両手を広げて一瞬は立ち、大きな笑顔で声をあげる。
・・・が、一歩二歩で、バタン!

9月26日(木)、この日は月1回ペースで集まってる、鶴川エリアのお母さん仲間の野外散歩会。
今日はひなた村に集合。7人の友だちは、みんな1歳の誕生日を過ぎており、
4人歩き始め、残り3人がハイハイ続行中=あんよ未満。
・・・偶然か?みんな男の子だ。
無料で遊べる室内の親子ルームにはたくさんのおもちゃ、室内遊具があり、
4人の友だちは自由自在にあちらこちらを歩きまわっていた。
3人が女児。1人男児。やっぱ、女の子は成長が早い。
3人のハイハイ男児は、母親の近辺を中心に、ニコニコ安全圏を動き回っている。

この3人の男児には共通点があった。
3人とも、猛烈なる”おっぱいっ子”
夜寝るとき、おっぱい無しでは眠れないのはもちろんのこと、
お風呂の中でもおっぱい、おっぱい、
ちょとしたすきに、母親の洋服を勝手にめくり、立ち飲みおっぱい、
そして、片方のおっぱいを吸ってるとき、必ずもう片方の乳首を摘まむ癖があるのも共通していた。

「だんながさー。俺にも片方あけとけよー。とか言うのよー(笑)」、と、おっぱいっ子Hくんのママさん。
「もう片方の乳首を揉むの、うちだけじゃなくてよかったー。この子、変なんじゃないかって。
 心配だったー。」と、二人目のおっぱいっ子Fくんのままさん2。
「誰に教わったわけでもないんだから(笑)、遺伝子レベルの癖だねー」と、3人目のおっぱい子、みきおの母の私。

ま、子どもの個性の一つということで片付いて良かった。
しかも3人共通だし、なんとなく問題が薄くなって、ちょと恥ずかしいけど、吐露できてほっとした。

んー、そうか。
おっぱい依存が高いと、一人立ちも遅いのかもしれない。
相関関係がありそうに感じる。
「うちの子は歩けるけど、おっぱい大好きな方だと思うのー」と、あんよ中の女児Aちゃんママさん。
「へえ。うち、1歳の誕生日に断乳しちゃったけど。まったく問題なし。前から執着してなかったなー」
と、あんよ中の女児Hちゃんママさん。卒乳一番のり。
「えー、うちは、まだ飲んでるけど、お風呂?目の前にあってもぜんぜん飲まないよ」、と最近、あんよ達成の大柄のNちゃんママさん。

あんよできてる男児Mくんママに、「Mくんはどう?」と聞くと、おっぱい、けっこう好きらしい。
しかし、もう片方の乳首を摘まんだり揉んだりするまではしないらしい。

7人の中でも、すでに例外が発生。
もう少しサンプルが必要かもしれないが、確率的には、
男児で、かつ、おっぱい依存が高い、しかも片方の乳首を摘まむ癖があると、あんよが遅い。
今日の鶴川ママ会(通称「鶴ママ会」)の半分は、このおっぱい問題に終始した。

そろそろ、外でも遊ぼうか、と、みんなで表に繰り出した。
滑り台を見て、歓喜する、男児2人。
みきお、とFくん。両方とも、おっぱい依存&あんよ未満。

この2人。ぼくら、ハイハイだけは負けないぜ、と妙に気を吐き、
競争しあうように、滑り台をハイハイで登り始めた。
早い!早い!早い!
Fくんのホフク前進は誰よりも早い。平地と同じ勢いで、滑り台も一気に頂上にたどり着いた。
「あぶなーい!待ってえー」と、かあさん、慌てて追いかける。

それ見てみきおも、負けじとスパーク。
っていうか、その前に、私がスパークした。
「みきおも、がんばれー。ほら!ほら!」
靴下を抜ぎすて、まず自分が滑り台を登り手本を見せ、上から激励し、やる気をあおった。

はい!登れました。

滑り台の頂上から、2人とも、自分で自分に拍手して大喜び。
「ぼくたちおっぱい依存だけど、片手で乳首を摘まむ癖あるけど、そんでもって、あんよ未満だけど、あんよ達成の女の子たち!ここまで来れないでしょー!」ってな、ささやかな優越感を、
満面の笑顔にたたえて。

面白いねえ。

1歳1カ月は、振り返ると、いろいろ初めてできたことがありました。

家の階段も上まで登れて、下まで下がれた。
ハーモニカの音が出せた。
手づかみだけど、食事も一人で食べられる。
コップで上手に水やスープが飲める。
一瞬なら、一人で立てる。

身体能力の回路、あちこち、スイッチが入り初めてきたようだ。
あんよも、もうそこまで来ている。

今月、わたしは44歳になった。おっぱい活動をやめると楽になるよ、と人は言う。
おっぱい依存への変化も始まるか?な?

2012年8月27日月曜日

42歳からの子育て・・・生後1年と30日(1歳になったらLet me down.)



「子どもはあっという間に大きくなるよ」とよく言われる。
でも、この1年の赤ん坊の成長、自分の生活のめまぐるしさを振り返ると
とてもとても長い1年だった。

昨年の今頃。里帰り中のサッポロにて、
生後1カ月になるかならないかの赤ん坊への授乳に格闘し、
半ば、マタニティーブルーになりかけていた。

1歳になっても、相変わらずおっぱい好きのみきお。
今や、ほっといても、勝手にわたしのTシャツを押し上げて左右のおっぱいを
交互に好き放題に飲む。
そして、ここ最近の食欲はすごい。
朝から、父親が畑で収穫してくれたばかりのトマトを頬張り、
自家製の生野菜ジュースをごくごく飲み、
ご飯、昨晩の残りのおかずなどもたくさん食べる。

横で私がパンをかじったりすると、「あー!あーあ!」と唸りおねだり。
ご飯も大好きだけど、パンも好きで、これまたよく食べる。

これまではずっとひょろひょろのやせっぽちだったが、
最近はお腹や太ももに肉がついてきた。
ここ1カ月で体重が急増し、9キロ台後半。
力持ちの私ではあるが、長時間の抱っこ、重くなってきた。

1歳までは、Hold me tight(しっかり抱いてほしい)
1歳になったら、Let me down(下におろしてほしい)
6歳小学生になったら、Let me alone.(ひとりにしてほしい)

これは、動物学者のデズモンド・モリスの言葉、だそう。

確かにね。
1歳になったら、伝え歩きも上達してきたので、
振り向くと、うわっ!とびっくりさせられる。
思いがけない早さで動いている。

リビングやキッチンのモノを物色するのが特に好き。どこの赤ちゃんも同じらしい。
だいたい「そこはダメだよ」「汚いよ」「危ないよ」という場所を好むのだ。

ごみ箱、キッチンの扉、レンジ回り、コンセント、電源コード、リモコン。
自分のウンチ付きのオムツが捨ててあるごみ箱もなぜか大好き。
むろん、ウンチの臭いが好きなのではなく、
ワンタッチで蓋が開く仕組みに惹かれているようで、
毎日、必ずその蓋を開けたがる。

「臭いよ!さっき、みきおのお尻から出たうんち!」と言っても
「あー、あー、う!」と近づいて蓋を開けてしまう。
まいどまいど、同じ事を繰り返す。絶対にやめない。
これこそが子どもの才能なのだから、仕方あるまいな。

そんなこんなで、室内には危険がいっぱい(親にとって)
なるべく外出して、自由に動き回れる場所で遊ばせる。
最近はとにかく、暑いから、庭で全裸で歩く練習。
芝生の上なら転んでも痛くない。
小さなプールでの水遊びも大好きで良かった。

確かに。1歳過ぎてから、少し、下に降りてくれるようになってきたかな。

しかし、子どもの独り立ちっていつなのだろう。
そういえば、生後2カ月ごろ、自宅に訪問にきてくれた助産師さんが教えてくれた。

「抱っこぐせ、なんて気にしないで、たくさん抱っこしてあげてくださいね。
愛情たくさん注いでもらった子どもたちほど、ちゃんと自分の足で立ち、
ひとりで歩き始めますからね」・・・

「特に、男の子。親からの愛情をちゃんと吸収してない男の子は大人になっても
独り立ちしないで、親に依存して。ほら、ニートとか、増えてるじゃないですか」

ひげ面の大きな図体した20歳過ぎた息子に、
「ねえ、ママー!」なんて甘ったれた声で後追いされたら・・・、と思うとぞっとする。
高校生になっても一緒の布団で寝てる母親と息子がいるとかいないとか・・・。

今はまだまだ、抱っこ抱っこの時期だから、トイレの中まで追いかけてきても仕方ない。
今こそ、たっぷり抱っこの時期なのだ。
そのうち、歩けるようになったら、今よりもっと、下におろしてほしいと言ってくれるだろうし。
早く、そうなるように、ほら!ほい!みきお。
つたえ歩き。れんしゅう。れんしゅう。







2012年7月28日土曜日

42歳からの子育て・・・11カ月と29日(初めての高熱との闘い)

<父が手塩にかけて育てたオクラをパクリ>


今日は生後11カ月の最後の一日。
この1カ月はまさに、闘いの日々でありました。

「熱が治まって元気になったらブログを書こうかな!」と、ずっと思い続け、約1カ月。
治ったと思いきや、また発熱、新しい風邪。そしてまた治ったと思ったら、また新しい風邪・・・と
赤ん坊より先に、母親の私が看病疲れで倒れるーっ!・・・過酷な日々が続いておりました。

初めての40度の高熱、初めての発疹、初めてのレントゲン&血液検査、初めての点滴・・・。

1歳の誕生日を目前にした、約1カ月の闘病生活、長いけど、振り返って反省しようと思う。
こんなにまじめに赤ん坊の風邪日記を記すことは、もう今後は二度としないだろうから。


6月27日(水)
昼ごろに、39.1度。山口クリニックに行く。単なる風邪。喉が赤い。
まだまだ元気。痰をきる薬だけ処方され、帰宅。

6月28日(木)
平熱に戻る。あれ、すぐ治ったねーなどと思い、赤ちゃん仲間と、薬師池公園にお散歩。元気に動きまわっていた。が、途中から、顔と上半身にポツポツと発疹。これって、突発性発疹かしら? 首をかしげつつ、帰宅。

6月29日(金)午前中、山口クリニックへ。「うーん、突発性発疹じゃあないなあ。発疹が出る
他のウイルスだね!移らないから保育園にもいっていいよ!」との診断。

しかし、保育園にいくと、38度まで熱が上がってしまい、やむなく帰宅。
その後、39.5度まで熱があがり、「あら、ついに来たかな。高熱の洗礼が・・・」などと思いつつ、念のため2度目の山口クリニック。明日から週末だから、と抗生物質、解熱剤も追加。


帰宅後、頭の後ろを冷やしながら、なかなか眠れないので、ずっと抱っこ。

翌日には40度を超え、夕方には、全身がカッカカッカ燃えるように熱くなり、40.9度まで上がった。


赤ちゃん高熱を出して、さまざまなウイルスを退治しようと頑張っているので熱が出ることは健全な症状、、、とは聞いていたものの、41度近くなったデジタル体温計の数値に、さすがに、夫もわたしも、焦ってきた。よほどのことがない限りは使いたくない、と常々思っていた、解熱剤にも、一瞬手が伸びそうに。
しかし、その頃は思ったよりは食欲もあり、きちんと眠れていたので、冷静に判断をし、
痰をきる薬だけを飲み、静養。2日後には熱は下がりましたのですが。

、、、が、その熱が下がった1日後に、またもや、38度超え。

7/2(月)朝から38度もあるってことは、また午後から高熱になるのでは・・・、と不安になり、
セカンドオピニオンを求めるべく、吉祥寺の真弓小児科へ。夫のイチロウも同行してくれた。

真弓先生曰く、「熱が下がっている方が問題。まだウイルスを退治している最中なのに、下がってしまってるから治りが遅くなっているですよ。高い熱は心配いりません。機嫌、元気、食欲、快眠、快便の5つのポイントはどうですか?」

食欲は少し前より下がってます、と伝え、咳により奪われている、水分とミネラルを補給する栄養剤(点滴と同じような成分)と、どうしても咳がつらい時に飲むための咳止め(よく眠れるように)を処方してもらう。

その後、7/3(火)に再び40度の熱。しかし、夕方には元気が出てきて、熱が下がった。

・・・後から振り返ると、このあたりの判断が、1つ目の間違いだった。

夜には平熱になり、よく朝もそのまま36度台で、元気になった・・・か?のように見えた。
そこで、「やったー!」、とわたくし、未熟な母は安堵し、喜び、一時保育に連れていく。

反省点1)・・・前日に高熱がある場合は、翌日24時間(丸1日)は自宅静養すべし。
丸1日平熱で治まったら、その風邪は治ったと考えてよい、と後日の診療で教わる。         朝おきたら平熱でも、油断してはいけない。  

そして、翌日7/5(木)も元気そうだったので(多少、咳は残っていた)、
町田市の健康福祉会館に行き、身体測定をしてもらい、そのまま地元の赤ちゃん仲間と遊ぶ。
途中まで元気だったが、夕方から少しぐずりだした。額に手を当てると熱い。

帰宅後に熱を計ると、39.2度。少しぐったり。痰がからむ咳が可哀そうだった。でもまあまあ元気で、食欲あり、おっぱいも飲み就寝。
そして、翌日7/6(金)から、38度から39度前半の熱と、痰がからむ咳が数日間続いた。
機嫌がそれほど悪くなかったこともあり、近くに散歩に出かけたり、友人に会ったりしていた。


反省点2)・・・発熱&咳がでてる時は、人混み、疲れるような行動は避け、自宅静養べし。
熱があり、咳が出ているのはウイルスと闘っている症状で、悪いことではない。
一生懸命、闘っている赤ちゃんの身体には、闘いに集中させる環境を。

なかなか咳が抜けないのと、熱もすっきり下がらないので、週明け7/9(月)に、さらなる
セカンドオピニオン(サードオピニオン?)を求め、ながさかクリニックにいく。

「6月末に熱が出て、発疹が出て、それが治りましたが、そのあと、また熱と咳が・・・」と早口に説明する私の話を、先生は穏やかに最後まで聞いてくれ、みきおを静かに丁寧に診察し、


曰く、


「今回のは、別のウイルスですよ。保育園行きましたか?ああ、行きましたか。そこで移ったのかもしれないですね。喉が赤いです。今はやっている夏風邪、ヘルパンギーナだと思います」


風邪が治ったと思って、すぐ保育園に連れていったあの時か。
免疫力が弱っているから、そういう時には、また別の風邪をもらってきてしまうようだ。


「まあ、肺炎にもなっていないし、ぜえぜえ咳もそれほどひどくないから、痰をきるお薬と、気管支をひろげるテープ出します。ひどい時にはこれを貼ると楽になると思います」

ほっとした。そして、先生がわたしの話に耳を傾けてくれたのが何よりうれしかった。

その痰をきる薬(ムコダイン)と、ホくナリンテープを2日間ほど使用。
良くなったように思えたので、以降の薬をやめた。

ところが、7/11(水)深夜に、また咳がひどくなり、何度も起きてしまい、つらい表情になってきた。このまま自然治癒は難しいのか・・・。
薬をやめたことが間違っていたかもと反省しつつ、翌朝7/12(木)山口クリニックへ。


代理の先生の所見で、「うーん、咳が苦しそうだし、熱も続いているのが良くないですね。顔色も良くないし、心配だから、レントゲンとりましょう。日医大病院このまま行ってください。いいですね?」

(ええーっ!? そこまで悪くなってるのですか・・・)と、声に出したような出してないような。
月曜には、肺炎にはなっていませんから大丈夫と言われたばかりだったのに。
この3日間の何が間違っていたのか?

日本医科大の多摩永山病院にて、レントゲン、血液検査、尿検査。そしてその合間に水分補給のための点滴を2時間。みきおは血液検査(手の平に注射される)でも、レントゲン(暴れないように、網でしばりつけられる)でも、ンギャー、ンギャーと大泣き。
その後は点滴のおかげもあり、検査結果を待つ間、ぐっすりと寝入る。

検査結果を待つ間、夫にメールで状況説明をしながら、
「私がこの間判断してやってきたこと、どこがどう間違っていたのか・・・」と、この3週間ぐらいのみきおのウイルスとの闘い&看病の日々を振り返っていた。

私自身、何度も起きるみきおにおっぱいしたり抱っこしたりの睡眠不足、左腕や手首ががちがちに凝り固まり、持病の腰痛も悪化したりの疲労困憊。高齢育児はこんなに過酷かと、自身の体力の無さが情けなく、風邪をこじらせたことに大いなる反省モードに頭をずどーん、もたげたまま、検査結果を待つこと2時間。

病院の冷房がやけに強く、トイレも行きたくなり、が、点滴してる赤ん坊を抱っこのまま動けず
(そろそろ限界!おしっこ!!)と看護師に叫ぼうかと思ってたら、先生がすたすたとやってきた。

「血液検査の結果は、問題ないですねー。普通のウイルスによる風邪のようですねー」
「レントゲンも、肺炎にはなっていなくて良かったです。でも、気管支のあたりは白いので、気管支炎にはなってますねー。」

いろいろと説明を受けたが、ともかく、肺炎には至らず、本当に安堵した。
大いなる反省モードのまま、でも、とにかく、治る見通しもつき、ほっとした。

「痰を切る薬、抗生物質、ホクナリンテープで治しましょう。また2日後に来てください」
「わかりました。ありがとうございます。」

この時も担当医とはいろんな話をした。今回はもちろん薬はしっかり飲ませるが、本来はあまり薬を使いたくない、という考えだと伝えると、みきおくんはそのお母さんの希望通りにはいかないかもしれない。気管支が弱い性質だとすると、薬を上手に使った方がいいですと。その気管支の弱い性質を治す方法はないのでしょうか?と問うと、「うーん、無いですね」

対処療法的な薬をずっと使うしかないのか。
この時の医師は体質を改善する方法は無い、と言いきっていた。
首をかしげながらも、でも、今回はこのお医者さんの言うとおりにしようと決め、帰宅。

翌日、7/13(金)に40度の熱が出て、1日、寝ていた。午後に40.4度になったが、うんちも出ており、夕食もいつもよりは少ないが食べた。抗生物質の影響か、うんちは緩くなっていた。
熱もだいぶ下がってきた。

翌7/14(土)午前中、再び日医大に行く。前回とは違う、川上先生という方。
「こんにちはー。みきおくん。どうですか?どれどれ」、と、聴診器をあて、診察してくれた。
「咳も落ちついてきたし、熱の下がり具合も考えると、治っている感じですねえ」

「あの、先生。ここまで風邪をこじらせたのは、何がいけなかったのかなあって考えてたんですが・・・」、、、この先生には話せる、、と思い、反省モードのまま話を切り出したら、すかさず

「お母さん、”こじらせた”などと考えちゃあ、いけないですよー。”こじれた”だけですから。
ね。これはね、お母さんのせいじゃあないから。赤ちゃんはこの時期はこうして風邪をひいて、抗体を作るもんなんですよ。ね。お母さん。最初っから、お母さんも強かったわけじゃないから。みんな赤ちゃんの時に風邪をひいて強くなったんだから、ねー、お母さん」

そうですか?ほんとにそう思っていいのかな。

なんだか、かなり救われた。

「前の先生に、この子は気管支が弱いから、薬に頼らないといけない、的なことを言われたんですが、、、」と言いかけると、またすかさず

「え、そうなの?それはね。お母さん。わからないですよ。こんな小さいうちは、多少はみんな気管支は弱いんですよ。たった1回診察したぐらいじゃ、気管支が弱いなんて、判断できないですよ。
だいじょうぶ、大きくなるにつれて、徐々に強くなるんだから。」

また、さらに救われた。

「医者も人間ですから。うまくコミュニケーションとれる人とそうじゃない人と、いろいろいますからー。お母さん。でもね。薬の問題は、お母さんがしつこく、医者と語るしかないと思いますよ。
どのくらい、どんな症状になるまで飲んだ方がいいのか、とか。その医者はそれなりの診断をして、薬を処方しているんですから」

こういう会話ができるっていうことが重要なのだなと思った。
普段は、なかなかここまで突っ込んで話をすることができない。自分の話や考えを伝える時間が十分にとれない。だから、胸にしまっているいろんな疑問や思い、不安を、自分の中に抱えたまま、
悶々としてしまうのだな。

川上先生には、なんともいえない人間味があった。
吉祥寺の真弓先生はりっぱな名物先生なんだけど、高齢の爺さん先生のせいか、いつも最後まで私の話をさえぎり、説教モードになる。まあこっちが元気な時はいいけど、看病疲れが続くと、それもつらくなる。今回は5人の医者を行脚した。いろんな考えをきき、これもいい経験になった。

長くなったので、そろそろやめよう。もう振り返りには十分。振り返ってたら疲れてきた(笑)

この後、2日間、しっかり薬を飲むと、平熱に下がり、咳が治まってきた。
7/16(祝)顔と上半身に発疹(じんましん?)が出て、心配になり、休日宿直の医者に相談し、抗生物質の副作用かもしれないと伝えた。平熱&咳もほぼ無いと伝えると、やめましょう、と返答。

7/17(火)も平熱、じんましん?も消えた。平熱が4日間。ようやく治った!

本当に嬉しくて、夫のイチロウと、よかったね。やっと元気になった。
明日こそ、保育園に行こうね、と。着替えやおむつを準備して寝たら・・・、
7/18(水)起床後、なんだか熱っぽい。37.8度。まさか、ぶり返した???
用心のため、今回は早めに病院にいくことに。日医大の川上先生を指名。
「お母さん。また別の風邪にかかったみたいですね。喉が赤いね。夏風邪だな」

「えー?またですか。川上先生。あのー、もう3週間以上も、ずっと風邪ひいてるんですけどー」
「だからね。お母さん。赤ちゃんはこうして、どんどん風邪をひくの。これが育児ですよ、お母さん」

もうやめよう。きりがない。
でも、まだ終わらないのだ、、、そのくらい、本当に長い長い風邪の行脚の日々だった。
     
新しい風邪をもらって、また数日後、平熱に戻り、1つタフになり、
また新しい風邪をもらい、、、、もう1つ丈夫になりと。それを繰り返すのが育児だと言われた。


初めてなので、母親の看病疲れも相当であった。
そもそも手抜きの家事が、さらにひどくなり、夕食を作る気力など無くなってきた。
ここんとこ、食事も適当だったせいで体重が減ったようで、やつれ顔を心配されるようになった。

高齢育児は覚悟が必要だ。
赤ん坊はこんなに次から次へと風邪をひく。
あっという間に高熱になる。
それが育児だと、医者に諭された。
それを全身全霊受け止め、看病疲れで母親が倒れてしまってはいけない。

忙しくてもしっかり食べる、ちょとした隙を見て寝る、省ける些事(家事)は手を抜く、
そして、頼れる人には臆せず頼る。
不安や悩みを打ち明け、抱え込まないで、心身ともに健やかを保つ。

高齢妊娠・出産までは、自分自身の一人で完結する範囲の健康管理、生活管理。
出産後の高齢育児は、夫やそのほかの家族や友人、医者やら保育園やら、地元のお母さん仲間などの周りの社会まで含めた上手な巻き込み、上手な巻き込まれ。
43歳の母親業。体力年齢にはやっぱりいかんともしがたいものはあるが、これまでの人生経験、仕事人時代のやりくり上手を思い出し、同じように育児も楽しんで乗り切れる方法があるのではなかろうか。

たかが赤ん坊の発熱でそこまでへこたれるのかしら、悩むのかしら、、と
理解しがたい人もいるだろう。

ここまで読んでくれた人は、育児経験者か、40代のお母さん仲間くらいでしょう。
もし、20代、30代の未婚の女性、子どもがほしいなあ、なんて思ってる方がいたら、
育児の肉体疲労は想像以上。妊娠・出産まではほんの入り口。
40代で生みましょう!とは、大きな声では言えないです。
自身の免疫力が高いうちに、母親になる方が、やはり自然の理にかなっているのだなと
本当に、本当に、この1カ月は思い知らされ、書いておかねばと思った。

そうこうするうちに、日付は7月28日に。誕生から1年が経ちまして。
わが子の寝顔を見ながら、夫のイチロウとお互いのがんばりに労いを。

そして、すやすや寝ているが、みきおはまた熱を出していた。
保育園から帰宅して測ってみると38.5度。
ここのところ、やっと保育園に行けて3日間通ったのだけどね。
また新しい風邪もらったのだね。

それが育児ですよ。お母さんって、お医者さんにも言われたしね。
もう驚かないよ。このくらいじゃ。

2年目からは、新人じゃないんだから、もっと上手にやれるよね。お母さん。

2012年6月27日水曜日

42歳からの子育て・・・10カ月と30日(高齢出産、高齢育児について思う)

<子ども同士の戯れの、なんと楽しそうなこと・・・>

今日は、赤ん坊とは離れたつぶやき。

昨夜、一人の女性からメールが届いた。
妊活中(こんな言葉があるのですねえ)の1つ年下の方だった。

私のブログにたまたま辿りつき、読んでくださったようで、


どれほどの勇気をいただいたことでしょう・・・、とあった。


最近、私は高齢育児(?)の生活に、「疲れた」という言葉ばかり吐いていた。
高齢妊娠中は、身体は絶好調で、持病の腰痛も治まり、快適な日々だったのだが、
高齢出産後の高齢育児生活は、予想以上の肉体疲労に参っていた。

自分は、この年にして赤ちゃんを授かったこと、を、
本当に運が良かった、と思う。
神様に感謝する。

そして、40歳を過ぎ、子どもを望んでいる女性に、
少しでも光を感じてもらえたら、という思いもあり、ブログを書き記すことにした。
特に、私と同じように、ずっと仕事優先の生活をしてきた女性には、

「大丈夫、まだ、可能性はあります。がんばって!」と言いたかった。

そして、

「でも、のんびりしてる余裕はない。今すぐに、生活改善を、体質改善をして!」とも。


メールをくれた女性は、高齢出産に関する世の中にあふれる情報の渦にのまれ、
たぶん、悩み、苦しみ、あきらめ・・・の日々を送っていたことだろうことは想像できる。


私も、つい最近、”卵子の老化”という衝撃的なタイトルのテレビ番組を見たばかりだった。
この番組を見ていたら、本当に私は運が良かったのだ、とつくづく思い、
そして、隣で寝ている赤ん坊、みきお、がここにいるのは奇跡のように感じた。

高齢育児がいかに肉体的に大変か、を、この10カ月、思い知らされたこともあり、
“卵子の老化”の番組で伝えたかったメッセージ、
「(日本の)女性は、出産適齢期をもっと早く意識しなければいけない」ということ、
私も強く共感した。

・・・と同時に、

でも、赤ちゃんは、神様の領域のことなのだ、とも思った。

だから、平均的には、やはり40歳以上の妊娠は、非常に確率も下がるし、
さまざまなリスクも伴うことは確かなのであるが、
人の身体には個人差がある。
40歳代でも健やかに、無事に、妊娠、出産をしてる女性は確実にいる。

私のように、42歳と51歳の中年夫婦に赤ちゃんがやってきてくれた例もある。

子どもがほしいと望んで、さまざまな努力をしている女性、そして夫婦にとっては
うまくいかなかった事例と同じぐらい、運よく、赤ちゃんを授かったうまくいった事例に
強く心を動かされるのだ。

信じることしかない、と、わたしは最終的には思う。

そして、また、最終的には、赤ちゃんは人智を超えた領域の世界だと思う。

自分の思い通りにならないこと。

だから、どんな行く末になろうと、それを全部受け止めることが求められるのだろう。


メールをくださった方。見ず知らずの方なのだが、
この方のおかげで、私はこのブログをコツコツと書いてきて
本当に良かった、と、心から嬉しかった。
少しでも、一筋の光を感じてもらえたならば、本当にうれしい。

疲れた、疲れた、とつぶやく日々の中で、忘れがちだった、
こんなに愛しい子どもを授かることができた幸せを、感謝した。

明日で、生後11カ月。













2012年6月20日水曜日

42歳からの子育て・・・生後10カ月と22日(赤ちゃんはドタキャンキング)


一時保育デビューから約1カ月。

「今日は朝から涙を見せることもなく、にこにこで
保育園の様子にも慣れてきた様子のみきおくん・・・。」

・・・と昨日の保育園からのお便りに書いてあり、喜んだのもつかの間、
昨夜からまたもや発熱。今朝は38.8度あり、やむなく保育園、ドタキャン。
あーあ。

赤ん坊のからだ。
女心の秋の空、よりも、さらにもっともっと移ろいやすい。
寝る前まではめちゃめちゃ元気だったのに、深夜からいきなり高熱が出てぐったりしてたり、
仕方ないから、今日の遊びの予定はやめだね、と家でおとなしくしてると、
昼過ぎには平熱になり、部屋中をはいずりまわり、いつものやんちゃ坊主に戻ったりする。

なので、赤ん坊を相手にしている保育園の方々は、朝8時の一時保育キャンセルでも
動じることもなく、「はーい、わかりました。ご連絡ありがとうございます、どうぞお大事にー!」
こちらは、「あー、ほんと、直前で申し訳ありません」というお詫びしつつ、


「あーあ、今日もまた歯医者もキャンセルしなきゃだわ」と
自分の予定も合わせて変更せざるを得ないので、”あーあ”続きである。

”あーあ”、とか言っちゃっているが、
だって、仕方がないのだ。
赤ちゃんの発熱、鼻水、咳は、大人の風邪引きとは違う。
成長過程に必要な健全な反応。ひとつずついろんなウイルスやバイ菌と闘い、
自らの抗体を作っていく。


健診でお世話になった吉祥寺の薬いらずの名物小児科の真弓先生にも、こう言われた。
「発熱、鼻水、咳、下痢、嘔吐・・・。いずれも子どものからだが治ろうとしている状態です。
止めてはいけません。子どもがせっかく病気を治そうとして体温を上げているのに、
解熱剤などを使って熱を下げると、 バイ菌は喜んでしまうんですよ」


がんばって、闘っているのだから。
成長する、丈夫になるために必要な、赤ちゃんのお仕事のようなものだ。、


食欲、機嫌、便通、、、この3つに問題がなければ、大丈夫。
食欲がなく、水も飲めない、夜も眠れない、便が出ない・・・・
そういう場合は病院に連れていきなさいと。

まあ、多少、いつもよりは機嫌も良くないし、うんちも1日ちょい滞っているけど、
今日は1日静養して、様子を見よう、ということで、自宅休養の日にした。
39度ぐらいの発熱では、だんだんうろたえなくなってきている。

昼間、私の背中でお昼寝をたっぷりしたせいか、午後からはだいぶ活力が戻ってきた。
夕方には、赤ん坊のお遊びスペースに設置した鏡(亡き祖母お手製の姿見を活用)に向かい、
いろんなものを振り回し、投げつけ、がちゃがちゃと音を立てて喜んでおる。


だいぶ元気になってきたようで。
熱がある最中にも、笑顔が出るとほっとする。


しかし、こんな移ろいやすい赤ん坊を傍らに、
”働くお母さんは偉いなー”、と改めて感心する。

自分が会社に勤めていた頃には、子持ちのお母さん方の状況をここまでリアルに想像はできていなかった。そりゃあ、子どもが熱を出せば、母親が仕事を切り上げて迎えにいくのは当然であり、
それを周囲の人間がカバーするのも当然と思っていた。
が、このように、予測できない感じ。特に、保育園や幼稚園にいくと、あっという間にいろんな
病気が移るし(それはある意味では良いことともいえる)、身体も敏感に反応するようで、
母親はいつどんな風に子どもの体調が悪くなっても、すべてのことに優先して駆けつけてあげられる状態にいなくちゃいけないよなあ、、、と、つくづく思うのだ。

だからこそ、そのような母親を支援する様々なサービス、子育て支援事業も盛んであるわけだ。
ようやく、そのような子育て周りにある課題や社会の対応の過不足について、リアルにイメージが
できるようになってきた。

そして、自分の母親への感謝の気持ち。(父親にも感謝はしているが、別のカテゴリー)

毎日休むことなく続けられる、育児と家事の日常。

食事を作る、ご飯を食べさせる、食器を洗う、汚れた洋服を着替えて、洗濯する、
おむつを変える、あー、うんちがはみ出ていた。洗う、また着替える。
離乳食後におっぱい。そのまま赤ん坊は昼寝。
やった、少し掃除でもするかなー。などと思いつつも、自分も睡魔に襲われ、
一緒に寝てしまい、気がつくとお昼に。やおら起きて、昼ご飯の用意・・・。

自分だけのためなら、こんなことはできない。
愛おしいわが子だから続いている。
そして、高齢出産後の育児の肉体疲労はとんでもなく予想以上のしんどさだけれど、
気がつくと、「疲れたー」ばかり言ってしまっているけど、
しかし、わが子の火照った熱い身体を抱いていると、
どんなに自分の身体がバキバキで、寝不足でフラフラでも、
何時間でも抱き続けて、子守唄を唄い、寝顔を見届けるのが母親である。

ドタキャンキング、明日は保育園にいけるかいなあ。