2011年7月19日火曜日

40歳からの婚活(その5)・・・奇跡のスピード婚

2009年正月明け。
ふっと素に返り、「いま会いたい人って誰なんだろ?」
年末のいくつかのメールの中に、彼からのものがあったのを思い出した。
臆せずに、「会いたい」という気持ちをそのまま、伝えてみた。

1月5日。仕事始めの前日。初めて2人で会う約束 at 六本木ヒルズ。
ローリングストーンズのドキュメンタリー映画「シャインアライツ」を観ることにした。
映画も楽しく、鑑賞後のおしゃべりも楽しく、尽きない話題とともに、銀座で串カツを食べた。
ちょっと奇天烈な人。ちょと結婚相手には向かないという印象だったのが、
初めてじっくり語る姿に、意外とまじめで、誠実な一面を垣間見た。

特に心に残っているのが、過去の離婚歴の話を打ち明けてくれたときのこと。
結婚は恋愛の延長ではない。相手を尊敬できることが大事、と言う。

へえ。そうなのか。

人は見かけによらないと言うが、外見とは裏腹に、しっかりした価値感を持った人とわかり、
これまでの自分の色眼鏡を恥じた。
そして、好きな音楽や映画の話、現在進行形の自然・環境をテーマにした仕事の話、
そして家族の話、、、と時間を忘れて、しゃべり続けた。

この1月5日の初デートから、一気に私の気持ちが動いた。
・・・と言いつつも、実は振り返ると、12月末までにも、お互いに、心の奥底にある気持ちには
うすうす気がついていたようだ。
いろんなことに興味を持ち、自分の考えをしっかり持っている。
その考えにお互い、共感できることがとても多かった。そして何よりも一緒にいて楽しい。

でも、この数ヶ月間は、ずっと押しとどめていたことが分かった。
私は、”結婚には向かない人”、という色眼鏡で。
彼は、”大事な仕事の相手だから”、というブレーキで。

そんな奥に秘めた、押しとどめていた気持ちが大量にあったせいか、
その後は、信じられないほどの勢いで事が進む。

1月7日:我が家で新年会。仕事仲間2人を交え、鍋を囲む。
1月9日:仕事の打ち合わせ。その後、夕食を2人でとり、楽しく談笑。
1月10日:連休なので、会おう、という誘いのメール。
・・・いろいろすったもんだの細かい成り行きは省くが、
ここから、いわゆる”おつきあい”が始まった。

そしてこの3連休中のうちに、結婚することを決め、
1週間ののちに、お互いの両親に報告。
私は父と母に長い手紙を書いた。

”父上、母上さま。大変に長らくお待たせいたしました。
 私は、ようやく、心から結婚したい!と思える人に出会うことができました。
 その方は・・・云々”

札幌にいる両親。直接に会って説明ができないので、
丁寧に、婚歴や年齢などのネガティブ要素も含め、彼の人となりをたっぷりと、
厚い厚い手紙を認めた。

父からは、すぐに返事のハガキが届く。いつもながらの達筆で、
”郵便受けに分厚い手紙。中を開くと重要な手紙が。
すばらしい報告をありがとう。カメラマンとは感性豊かな素敵な仕事・・・云々”

母からの電話で、父が私の分厚いハガキを見つけ、中身を読み終わったあと、
母のところに飛んできて、”ナコからの大事な手紙が来ましたよ!”と
それはそれは、大喜びだったと教えてくれた。
そして、懸念された、離婚歴のことも、父は気にしないと。
母もこれには意外だったと後から述懐。
私が選んだ人だから、最終的にはすべて受け止めてくれたのだと、本当に嬉しかった。
そして、祖母にも念願の孫の朗報が伝わり、「嬉しくて、涙が出るよ」と言ってたわよ、と母。

札幌の両親が認めてくれたことで、彼も本当に嬉しかったと言う。
そしてその後、彼も父と母あてに、心のこもった手紙を書いてくれた。

1月24日:彼の両親に挨拶にいく。
母の帯を締めた着物姿で、緊張しながら家に入る。
お父さん、お母さんには、想像以上の歓待を受けた。
うわさ通りの個性的なお母さん。優しい穏和なお父さん。
お母さんはずっと私に詰問責めだった。
「イチロウのどこが気に入ってくれたの?」その一点を・・・。

そして、帰り際には
「あなたみたいな立派なお嬢さんが、うちのどら息子と。
ほんとにありがとう。仲良くしてね。別れるならわたしが死んだあとにしてちょうだいね」と。

49歳、離婚歴2回の彼。もう結婚するなんてことは考えていなかったので、
急遽持ち上がった再婚話に、彼の両親は相当に慌てたらしい。
しかし、私の登場により、彼に新しい風が吹いたことを、心から喜んでくれた。
私も、ひと味違った面白い彼の家の雰囲気がすぐに好きになった。

1月末。両親の代わりに、神奈川に住む叔父・叔母に結婚の保証人を依頼。
弟夫婦も交えて、食事会をした。幼少期からの深いつきあいの叔父に
この結婚を認めてもらい、後ろ盾になってもらったことも大きい。

2月2日:入籍。両親に彼を紹介するまえに入籍することに彼は躊躇したが、
ここまできたら、当初の目標だった旧暦でいう2009年のうちに結婚したい!と強く主張。
日柄がとてもいい、と信頼する人に後押しされたこともあり、札幌の両親も説得して、無事入籍。

1月5日から1ヶ月立たないうちに、私はついに結婚にたどり着いた。
39年間は、なんとぐずぐずしていたことだろう。
40歳になってからの婚活。
目標設定通り、40歳と3ヶ月あまりの、このラストスパート!奇跡のスピード婚!

結婚が決まるときは、すべてのことがスムーズにいく、、、と聞く。
私の場合も、傷害がなく、気がついたら入籍までたどり着いていた。
無理なところがなく、お互いに気持ちが離れずに、とんとん拍子だった。

結婚って、そんなものなのかもしれない。

2月2日。渋谷区役所に婚姻届けを提出。宮本性になった。

宮本一郎(49歳)、暢子(40歳)
私たちは夫婦となり、好天の渋谷の街を笑顔で散歩した。

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